2017年10月18日 (水)

ウラナミシジミの卵

今日は晴れて暖かかった。もうヤブツルアズキは種がはじけるようになったが、花蕾にはウラナミシジミの卵が産んである。この子らはもう一回成虫になれるかも知れないが、その先は分からない。また来年夏~秋に暖かいところから飛んで来て卵を産むまで見られないかも知れない。

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もうそろそろ鳥の季節ですねぇ・・
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2016年の秋の風情を貼りました。
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福井県池田町で3月、中学2年生の男子生徒が自殺した問題は悲惨だ。私はこういう問題を抱えた子供たちに云いたい。「学校が嫌だったら、先生が嫌だったら、学校へ行くな。学校なんか行かなくっても死にやぁしない。学校なんて自分の問題なんだから。学校は何もしてくれやぁしない。学校に命を預けるなんてしてはいけない」
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2017年10月17日 (火)

セイヨウオオマルハナバチ

今日は午後から久し振りで晴間が見えた。気温は低かったが、蝶は少し飛んだ。モンシロチョウ多数、キチョウ、ウラナミシジミ、ベニシジミなど。木部町はハウス栽培の町なので、セイヨウオオマルハナバチを見つけた。腹部端が白いので判別出来るが、写真では見えない。でも間違いなく「特定外来生物」のセイヨウオオマルハナバチと確認出来た。

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ハウスではトマトの栽培が多いが、もうシクラメンの花も咲いていた。千日紅も綺麗だった。
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畑の真ん中に独立樹でこんな木があった。良く見るとイチョウとニセアカシア(ハリエンジュ)が根本から一緒に出ているものだった。イチョウはもう沢山の銀杏を付けていてニセアカシアも豆の鞘がぶら下がっている古い木であるようだ。
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綿花を久し振りで見た。最近あまり見かけない。大きなフヨウの花が咲いていたが、綿だった。今日のウラナミシジミ。
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2017年10月16日 (月)

保元・平治の乱

今日は一日雨で何もないので、一昨日「玉藻の前」の話を載せ、玉藻の前は「美福門院」であったと言われてると後世の無責任な「伝説」でそうなってることを書いたが、ここで平安末期の貴族社会のゴタゴタを整理しておきましょう。何でも好き勝手にやった白川天皇(白川院)の後、世の中は大いに乱れ、最後には「保元・平治の乱」を通して武士の世の中になっていきます。平治の乱は●印の貴族(天皇)の争いで、崇徳(上皇)は破れ讃岐へ流されます。その後藤原信頼、藤原(高階)信西が勢力を得て貴族の為に武力を背景にした政権運営を行いますが、信頼と源義朝が信西の権勢に不満を持ち、平治の乱となります。そこで平清盛が反勢力(信頼、義朝)を破り、後白河院の政権を強化します。後に清盛は後白河院と対立し、朝廷から一時政権を奪うことになります。

で、大河ドラマの画像から関係者の相関図を見て下さい。●が保元の乱の関係者、◎が平治の乱の関係者。(勿論清盛も義朝も両方の乱に武士として関係している)ここに平治の乱の首謀者・藤原信頼が出てないが、「文にもあらず、武にもあらず、能もなく、また芸もなし、ただ朝恩のみにほこりて」と寵愛だけで出世する無能な男と評されていた。信頼は清盛の留守を狙って信西を誅殺して、一時政権を奪取する。しかし信西は当時学問に優れ、藤原頼長と並ぶ当代屈指の碩学であったという。
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上で★はこの時期華やではあるが、権謀渦巻く朝廷を強かに生き抜いた女性です。保元・平治の乱でも主役に近い存在となる。待賢門院は美福門院より16歳歳上です。大河では配役が逆のような気がしますが。▲は清盛の母、祇園女御が松田聖子は笑っちゃうけど・・
ここでややこしい人間関係を整理すると下記です。
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でもまだややこしいか・・・
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2017年10月15日 (日)

ママコノシリヌグイ

今日は一日雨だったが、午後少し止んだので歩いたが、とても辛かった。
ママコノシリヌグイの花を貼ります。
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2017年10月14日 (土)

庭の柿の木

家の西側に柿の木があった(あるというべきか)。チロがウチに来たとき植えたものだった。チロは17歳で亡くなった。それから9年経っているので、26年を経た大きな木だった。毎年甘柿がなるが、ここのところ隣の(西側)家が建ってから日当りが悪くなり(その所為かどうかは不明だけど)隔年に実が沢山なる。今年は豊作だった。小柄の実だけど、とても甘い(甘柿の接木)木だった。裏の家がズボラで毎年放置した柿にアメヒトはじめ色々な毛虫が大発生して食い尽くすとウチの柿に移ってくる。毎年時期になると5月頃から数回消毒をして何とか持ちこたえていたが(勿論柿の葉が食われても木にはそんなに影響はない。カミキリのように幹に食い込むものでないからだ)、今年はウメエダシャクが大発生、アメヒトが大発生して遂に奥さんがキレて伐採してしまった。9月頃にはウメエダシャクの成虫が無数に植木の葉にとまったり飛翔して奥さんがかなり怒っていた。何しろ一時は白い紙ふぶきのように飛んでいた。息子もいたので、短時間に実を収穫して、伐った枝を細分して26年間家にあった柿は終焉を告げた・・(しかしまた来年新芽が出て実がなるかも知れない・・)

実は一昨日私の二階の仕事部屋にウメエダシャクが這っていた。昨日も部屋の中で上着の襟にアオムシ(オオタバコガ)がいたので、これは裏の家の発生とは関係ないと見てそのまま外の放した。ところが良く調べるとオオタバコガは庭にあるコスモスに良く見られるやつと思っていたが、柿も食うようだ。それで「こりゃダメだ」と伐採を決意したような次第。柿なんか買えば良い。毎年消毒する薬(撒くと霧状の飛沫を吸い込んで体に悪い)や手間を考えれば環境として柿なんか植栽する場所じゃないってことだ。上を見上げて作業したので、今日はとても首が痛い。
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伐採した柿の木。収穫した柿の実。これで半分くらい。外に置いとくと小鳥がやって来て(小鳥達は毛虫は食わないが、木の実は好物なのだ)、それを狙ってヘビも来るので玄関内に置く。近所に配ろうと思うが、最近の若いのはこういうのは食わない。高級なぶどう、甘いリンゴ、栗、梨(最近は梨もあまり食わないようだ)、洋梨、メロンなどしか食わない。右は収穫した柿。
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突然思いついて、「金毛九尾白面の狐」の話
この話は、中国古代王朝殷にまで遡る。殷の最後の王である紂の后、妲己(ダッキと読む?)の正体こそ齢千年を経た金毛九尾白面の狐であり、王の妾であった寿羊という娘を食い殺し、その身体を乗っ取って王を惑わせたとされる。王と妲己は酒池肉林にふけり、無実の人々を炮烙の刑にかけるなど、暴政を敷いたが、周の武王率いる軍勢により捕らえられ、処刑された。その後、天竺の耶竭陀(まがだ)国の王子、斑足太子(はんぞくたいし)の妃華陽夫人として再び現れ、王子へ千人の首をはねるようにそそのかすなど暴虐の限りを尽くした。しかし正体を見破られ何処ともなく姿を消した。その後周の第十二代の王、幽王の后、褒姒と姿を変えた。褒姒がなかなか笑わないので、幽王はさまざまな手立てを使って彼女を笑わそうとし、ある日何事もないのに王が烽火(のろし)を上げ、諸侯が集まったという珍事に初めて笑ったといわれ、それを機に王は何事もないのに烽火を上げ、諸侯が烽火をみても出動することが無くなり、後に褒姒により后の座を追われた申后の一族が周を攻めたとき、王は烽火を上げたが諸侯は集まらず、王は殺され、褒姒は捕虜にされたが、いつの間にか行方知れずとなっていたという。後に若藻という16歳ばかりの少女に化け、吉備真備の乗る遣唐使船に同乗し、来日を果たしたとされる。『絵本三国妖婦伝』では、最初は藻女(みくずめ)と呼ばれ、子に恵まれない夫婦の手で大切に育てられ、美しく成長した。18歳で宮中で仕え、のちに鳥羽上皇に仕える女官となって玉藻前(たまものまえ)と呼ばれる。その美貌と博識から次第に鳥羽上皇に寵愛されるようになった。
しかしその後、上皇は次第に病に伏せるようになり、朝廷の医師にも原因が分からなかった。玉藻前は美福門院(藤原得子)ともいわれる。摂関家などの名門出身でもない彼女が皇后にまで成り上がり、自分の子や猶子を帝位につけるよう画策し中宮待賢門院(藤原璋子)を失脚させ、崇徳上皇や藤原忠実・藤原頼長親子と対立し保元の乱を引き起こし、更には武家政権樹立のきっかけを作った史実が下敷きになっているという。しかし陰陽師が鳥羽上皇の病は玉藻前の仕業と見抜く。玉藻前は変身を解かれ、九尾の狐の姿で宮中を脱走し、行方を眩ました。その後、那須野(現在の栃木県那須郡周辺)で婦女子をさらうなどの行為が宮中へ伝わり、鳥羽上皇は、討伐軍8万余りの軍勢を那須野へと派遣した。那須野で、既に九尾の狐と化した玉藻前を発見した討伐軍はすぐさま攻撃を仕掛けたが、九尾の狐の術などによって多くの戦力を失い、失敗に終わった。しかし討伐軍は次第に九尾の狐を追い込んでいき、九尾の狐が討伐軍の大将の夢に娘の姿で現れ許しを願ったが、これを狐が弱っていると読み、最後の攻勢に出た。そして放った二つの矢が脇腹と首筋を貫き、長刀で斬りつけたことで、九尾の狐は息絶えた。だが九尾の狐はその直後、巨大な毒石に変化し、近づく人間や動物等の命を奪った。そのため村人は後にこの毒石を『殺生石』と名付けた。この殺生石は鳥羽上皇の死後も存在し、周囲の村人たちを恐れさせた。南北朝時代、会津の元現寺を開いた玄翁和尚が殺生石を破壊し、破壊された殺生石は各地へと飛散したと伝わる。ところで平安貴族は「美しいもの」を異常に愛し、これを大切にした。特に平安末期は白川天皇などのように崇徳上天皇、平清盛など自分の子でありながら家臣に押し付けたり、自分の孫の鳥羽天皇の子として帝位につけるなどしていたという。鳥羽天皇は表向きは子でありながら、その事実を知っており、崇徳天皇を「叔父貴」と言っていたという。平清盛は後に鳥羽天皇の子の後白河天皇と対立し、一時政権を天皇から奪った。崇徳天皇は後白川天皇と表向きは「兄弟」であるが、平清盛とは腹違いの兄弟であったわけである。ややこしい。
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2016年秋の花と蝶を貼りました。
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2017年10月12日 (木)

鏑川河川敷

鏑川河川敷は新幹線のまたぐところは藤岡市になっている。ここ河川敷は木部町から歩いてくると途中で藤岡市になる。境界など分からない。昔はツルフジバカマやコマツナギも繁茂し、自然豊かであったのが、何度か増水で河川敷が荒れて、改修が行なわれた後、ガラリと様相が変わってしまった。昔はミヤマシジミもいたし、最近までギンイチモンジセセリやミヤマチャバネセセリも多くゴマダラチョウが多かった。今ではススキと所々のカワヤナギやエノキのほかはほとんど外来生物となって蝶は種類少なく、つまらないところとなった。下は河川敷にあるゴミ(産業廃棄物ではなさそう)運搬用トラックの通路。所々水溜りがあり、雨の後はスニーカーでは通れない。草むらからヘビや今日はカワウソみたいな、恐らく外来生物が横切る。何がいるか分からない。時々ゴルフの練習をやってるが、短い芝生のようなところはない。マムシでも出たらどうするのか?それよりヤマカガシのほうが恐ろしい。ヘビは必ず毎日見る。勿論タマーにトラックが通行するが、人通りはない。新幹線架橋付近から南を見る。藤岡市になるはず。

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庭でコミスジを見たが、今日が最後の観察かも知れない。
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午後山名へ行ってウラナミシジミ、ボロギクを見た。明日から暫く雨らしい。ヤブツルアズキの種をとって来た。
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ところで秋にサクラを消毒したんだが、毎日アメヒトの毛虫を見る。近隣の家では柿やサクラが放置され、巣網で一杯。こちとら金払って消毒しても全く無意味。流れでくるので数は少ないが、家の中でも這っているのは嫌だね・・・
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2017年10月11日 (水)

昨年の秋

今日は何もないので、昨年の秋の花、蝶を貼りました。
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2017年10月10日 (火)

第48回衆議院総選挙

今のうちに憲法改訂してしまえ選挙。とにかく今回は民主党が分解・崩壊、余計なことを云いたいおばさん政党、仕方なく名前を変えて野党第二党を目指せ新党など乱立。しかしどう踏ん張っても35%は死んでも自民党に投票する有権者と政教分離など無視した宗教政党が堅いので、投票率が高くないと安倍政権打倒は難しいということだ。恐らく希望・・は惨敗、立憲民主党健闘、あとは投票率次第。ともかくも投票率は下がり(傾向でなく下がり放し)、将来は期待出来ないだろう。大体北朝鮮とアメリカがケンカしてるのに、集団的自衛権で日本は仲間に入れて貰いたい・・今更こんなバカなことを訂正は無理だ。単純に言えば75%くらいの投票率で与野党拮抗ということ。いまから20年くらい前は70%以上あったのに・・・

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Senkyotouhyou
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今日歩いたが、辛かった。それに目の手術を2回したが、あまり視力は回復してない。もう一回やると目は良くなるかも知れないが、首は歩けないほど曲がってしまうだろう。
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2017年10月 9日 (月)

菊・ミズヒキ・クサギ

毎年秋になると目につく花と実。菊は夏場は雑草のように茂って煩わしいのだけど秋に他の草が終ってくると花が咲いてくる。今年のキバナコスモスなどは他より遅く花が咲き出し、早々と終ってしまった。抜くのが大変。クサギは晩夏に咲いてアゲハが沢山来たもんだが、今年はほとんど見かけなかった。モンキアゲハなどは空中戦で採ったがボロだった。

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ミズヒキも小さい花だが、よく見ると綺麗だ。そろそろウラナミシジミもボロになって晩秋にまた出て来るのだろう。
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イノシシ山のワンコは元気なかった。
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2016年(昨年)の秋の蝶と花を貼りました。2015年より沢山写真は撮れました。
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ところで希望の党の経済政策って「アベノミクス」に倣って(もじって)「ユリノミクス」とか言うらしいんだけど、「ユリノミック」というのは「尿毒症」だって知ってるのか?知らないだろう。でもおばさんは「そんなことどうだっていいじゃない」というでしょうね。ユリノミクスとユリノミックは違うモンね・・むかし小泉さんが、「国債は30億以下」といっておきながら、大幅に借金を国債に求めたことを質問されて「そんなことは大したことではない」と言ったのと同じ。お仲間なんだね・・・百合子おばさんはキャッチコピーというかキャッチフレーズが好きで、有権者をなるほどと思わせるのが良いと思ってる。「ハイブリッド戦闘機」は笑った・・何と何のハイブリットかは知らないけれど、国の命運を賭けた最先端の兵器がハイブリッドでいいんか・・ガソリンケチったって仕方ないと思うけどね。
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2017年10月 8日 (日)

寒露

今日はもう寒露なんだね。でも晴れるとまだ暑い。27、8度くらいになったらしい。良い天気だが、キタテハとキチョウくらいしか見られなかった。鏑川河川敷から空を見た。

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畑の柿の実にはキタテハ、ウラギンシジミくらい。右の写真にはキタテハが3頭も見られる。
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河川敷にはキチョウやキタテハが吸水していた。しかし成虫はやたら飛んでいて他の蝶は見られない。小さなマムシも見た。
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2015年秋の蝶を貼りました。
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